山梨学院大学陸上競技部(やまなしがくいんだいがくりくじょうきょうぎぶ)は、山梨学院大学の陸上競技チームである。
指導者
- 部長・監督 - 麻場一徳(兼駅伝プロジェクトリーダー)
- 顧問・中距離コーチ - 上田誠仁
- 長距離駅伝監督 - 大﨑悟史
- 競歩監督 - 柳澤哲
- 駅伝・長距離スカウト担当 - 飯島理彰
- 跳躍コーチ - 苅山靖
- 短距離・ハードルコーチ - 野澤啓佑
- 長距離駅伝コーチ - 阿部竜巳
- トライアルコーチ - 大野景也
歴代長距離駅伝監督
2019年2月以前は陸上競技部監督。
代 |
監督名 |
就任期間 |
備考
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1
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上田誠仁 |
1985.04-2019.02 |
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2
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飯島理彰 |
2019.02-2024.02 |
同校陸上部出身
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3
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大﨑悟史 |
2024.02- |
同校陸上部出身
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概要
1977年に創部、1985年より強化育成クラブに指定。関東インカレおよび学生三大駅伝の常連校であり、男子は関東インカレ1部(現在は16校)に属する。得意種目は男子が長距離走、中距離走、競歩。女子が短距離走、跳躍である。2016年より、本格的にトラック&フィールドの強化に力を入れ始めた。競歩では、2011年の関東インカレで、笹川友輝、青野大地、長岩大樹の3選手で表彰台を独占するという快挙を成し遂げた。また、初めてアフリカ人留学生に門戸を開いたチームとして知られる。関東学生陸上競技連盟に所属。練習拠点と合宿所は山梨県甲府市にある。
駅伝競走
箱根駅伝の初出場は、日本テレビによる中継開始と同じ年だった。出場3年目にチームの主軸に留学生選手を起用し、箱根駅伝に新風を吹き込んだ。第68回大会で初優勝し、優勝回数は3回。初出場から6年目での優勝は、黎明期を除けば専修大学と並び最短タイ記録である。90年代には、早稲田大学と名勝負を演じ「早山時代」と呼ばれた。第72回大会ではイエテボリ世界陸上マラソン代表だった中村祐二が4区で故障し、途中棄権の憂き目を経験している。総合優勝は第71回大会、往路優勝は第79回大会が最後で、2000年代からは成績の振幅が激しいもののシードを獲得する方が多かった。しかし、第93回大会で過去最低順位の17位に終わると、それから3年連続で最低順位を更新するなど低迷した。第96回大会予選会では17位に終わり、初出場からの連続出場が33回で途切れた[1]。第97回大会予選会では7位に入り、2年ぶりに本戦出場を果たした。
ヘルシンキ世界陸上で銅メダリストの尾方剛をはじめ、社会人になってから飛躍する選手も多い。近年では、附属高校でも強化に力を入れており、陸上部を分離した駅伝部として育成している。男子は第64回全国高校駅伝において初優勝を飾り、一貫した強化が実を結んでいる。
主な出身者
男子長距離
男子競歩
男子中距離・障害
- 藤脇友介 - 1500mで日本インカレ3連覇。関東インカレ2部で4連覇。日本インカレ1500mの大会記録保持者(3分43秒72)。現:自由ケ丘高等学校教諭、同校女子駅伝部監督。
- 北村智宏 - 800mで日本選手権2連覇、日本インカレ3連覇。関東インカレ3連覇(2部時代を含めれば4連覇)。日本インカレ800mの大会記録保持者(1分48秒11)。現:四国学院大学香川西高校教諭、同校駅伝部監督。
- 村松寛久 - 800mで1分47秒13の元ジュニア日本記録保持者。
- 松本葵 - 3000mSC8分30秒49は日本歴代7位(当時)。
- エノック・オムワンバ - 関東インカレでは第91回から第94回まで1500m4連覇。第94回大会での3分35秒69は日本学生記録。
- 瀬戸口大地 - 第104回日本陸上競技選手権大会男子800m選手権者(1分47秒11)。1分47秒11は日本学生歴代8位。
- 髙田尚暉 - 2024世界クロスカントリー選手権大会シニア男女混合8㎞リレー7位入賞。
女子
関連書籍
脚注
外部リンク
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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大学名に併記の数字は優勝回数 ( 1941年/1942年/1944年/1945年/1946年 は大会中止 ) |