駅伝競走![]() ![]() 駅伝競走(えきでんきょうそう、英: Road relay)は、数人が長距離(長いものでは数百キロ)をリレー形式で走り、そのタイム(時間)を競う陸上競技である。一般的に「駅伝」と略されている。また、駅伝大会とも呼ばれる。 概要駅伝競走の各走者は競技用の「たすき(襷)」を身に着けた状態でスタートし、「中継所」またはゴールまでの定められた区間を走り、中継所では前の区間の走者から次の区間の走者に「たすき渡し(タスキリレー)」を行ない、チームとしてのゴールを目指す。公道使用上の制限等の条件により、途中の中継所においてレース先頭からの一定以上遅れたチームでは、前の区間の走者が中継所に到達する前に次の区間の走者が「予備のたすき」を持ち「繰り上げスタート」を余儀なくされる場合もある。この場合でも、前の区間の走者が中継所に到達すれば、繰り上げ後の時間を加算することでチームとしての記録は成立する。チームのいずれかの走者が区間を完走しない場合には、チームとしての記録は不成立となり棄権扱い(記録なし)となる。 各走者が走る距離、総距離、区間数、性別等の組み合わせは大会によって様々であるが、ワールドアスレティックス(世界陸連)が定める国際レースの基準では男女別にフルマラソンと同じ42.195kmを6区間(5 km、10 km、5 km、10 km、5 km、7.195 km)で走る。 世界陸連では、駅伝の国際名称を"Road relay"としているが、近年までは日本でしか行われていない競技であった為、"Ekiden"と呼んだり、説明的に"Marathon relay"と呼ばれたりすることがある。ただし近年では海外でもハワイ・グアム・ベルギー・ニュージーランド・オーストラリア・カナダ・シンガポールなどで駅伝大会が行われている。 歴史![]() 競技としての最初の駅伝は、東京奠都50周年記念として讀賣新聞社会部長・土岐善麿の発案で同社が主催し[1] 1917年4月27日に行われた「東海道駅伝徒歩競走」とされる[2]。関西組と関東組に分かれ京都の三条大橋を午後2時に出発し、東京の上野不忍池(しのばずのいけ)までの23区間、約508kmを昼夜問わず走り抜けるもので、先着の関東組がゴールに到着したのは翌々日の午前11時34分であった。この時の関東組のアンカーは金栗四三である。三条大橋と不忍池のほとりにはそれぞれ「駅伝発祥の地」の碑が現存する。 「東海道駅伝徒歩競走」の開催にあたり、当時の大日本体育協会副会長および神宮皇學館館長・武田千代三郎が競技名を「駅伝」と名づけた。古代の交通制度である伝馬制からヒントを得たと言われている。駅伝という言葉自体は、日本書紀にも記載されているほど古いものである。首都と地方の間の道路網に30里(約16km)毎に置かれた中継所のことを「駅」といい、ここに宿泊施設や人、馬を配置していた。駅に朝廷の使者が到着すると、次の駅まで乗り継ぎの馬を用意する仕組みが整っており、この制度を「駅制と伝馬制」あるいは「駅伝貢進」といった。 日本で開催・施行される駅伝競走大会ここでは日本国内で行われ、なおかつ全国もしくは地域ブロックでテレビ・ラジオ中継されている大会を挙げる(カッコ内はその大会の総距離)。学校管理下で行われる当該競走は課外活動が中心になって参加選手生徒の任意参加で行われており、文部科学省策定の学習指導要領に当該種目の記載は無いが、保護者を含めて熱心に取り組む自治体や学校も多い。 男女混合
男子実業団駅伝
大学駅伝
高校駅伝
中学校駅伝都道府県対抗駅伝
ジャンルなし
女子実業団駅伝
大学駅伝
高校駅伝
中学校駅伝
都道府県対抗駅伝
ジャンルなし
過去に日本で開催・施行されていた駅伝競走大会ここでは過去に日本国内で行われ、なおかつ全国もしくは地域ブロックでテレビ・ラジオ中継されていた大会を挙げる。カッコ内はその大会の総距離。 男女混合国際駅伝都道府県対抗駅伝男子国際駅伝都道府県対抗駅伝大学駅伝
ジャンルなし
女子国際駅伝実業団駅伝
大学駅伝
都道府県対抗駅伝ジャンルなし
日程表年によって多少前後することがある。
記録42.195kmを6区間で走る国際陸上競技連盟公認ルールでの記録は下記の通り。 男子世界記録男子日本記録
女子世界記録女子日本記録男女混合世界記録
男女混合日本記録死亡事故1956年12月11日、箱根大学駅伝に出場予定だった専修大学走者が試走中に交通事故死[3]。 2011年9月29日、小学6年生の女児が学校課外活動の駅伝練習中に倒れ、心停止により死亡。 →事故詳細を参照
→類似事故事例を参照
脚注
外部リンク
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